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上海の観光スポット

豫園 万国博覧会場 上海外 東方明珠塔上海環球金融センター 玉仏寺 城隍廟 周荘 富安橋



豫園豫園  は明代に四川省の役人だった潘允端が両親のために贈った庭園であって、1559~1577年の18年の歳月をかけて建てられた建築である。1956年に大改修され、“江南の名園”として開放されるようになった。庭園の面積は元来のほぼ半分の約2万㎡になり、池や回廊を多用し、見事な風景を作り出している。庭園内の樹木.水.太湖石.建物の四つの要素が美しい調和を見せており、江南庭園の代表の一つとして世界中に有名である。他には豫園近所の豫園商城は多くの観光客や買い物客で賑わう。その商城には小籠包の名店として有名な南翔饅頭店、1888年創業の長い歴史を持つ扇の老舗•麗雲閣、上海屈指の老舗や名店が目白押し。老舗ならではの逸品や、伝統を守ってきたこだわりの味に出会える。
万国博覧会場万国博覧会場 2010年5月1日至10月31日、上海市中心部の黄浦江両岸の南浦大橋と浦大橋の間の江地域で行う万国博覧会。今回博覧会の主題は都市は生活を更に美好させること。副主題は①都市多元文化の融合、②都市経済の繁華、③都市技術の更新、④都市区域の再建設、⑤都市と田舎の連合である。今回万博覧会の目標は200国と国際組織を集めて、7000万人次の見学者を吸引予定である。
上海外滩上海外(外の歴史)上海外は黄浦江西岸の中山東一路一帯であり、1842年の南京条約を受け開港した上海に、英国が租界(外国人居留地)を設けたのがその始まりだった。イギリス領事館を皮切りに、20世紀初頭になると列強各国の企業や金融機関が相次いで進出し、「東方のウオール街」とも呼ばれた。バレス、ホテル、サッスーン、ハウスをはじめ一時代を築いた建物が昔の姿をそのままに新たな施設として使用されている。例えば:上海浦東発展銀行は旧香港上海銀行上海支店であって、中国のアヘン取引を司っていた英国商人らの出資でできた英国系の銀行で、上海金融界のトップだった。革命後は政府の施設としても使われた。
東方明珠塔東方明珠塔 黄浦江の東、外の対岸に当たる浦東は、東方明珠塔の建設を皮切りに高層オフィスビル、ホテル、商業施設などが次次に立ち、アジアの1大金融貿易区として発展中だ。中国経済の成長を象徴する近未来的な街並みやハイレベルのグルメなどを楽しむ。東方明珠塔の一番下の球体は高さ90mの展望フロア。世界でも高い位置にある室内コースター高速単軌滑車や戦闘機の模擬運転ゲームなどが楽しめる太空城のほか、子供向けに宇宙開発を紹介する幻英影劇場などを併設している。東方明珠塔の真ん中の球体は地上263mにある展望台で、f票以外のチケットで入場できる。360度の広い展望フロアには記念品の売店のほか、1時間で一周する回転レストランもあり、下りエレベーターには行列ができやすいので、急ぎの方はお早めに。東方明珠塔一番上の球体にある展望台で、1つ下の観光層からエレベーターを乗り継いで上がる。浦東の高層ビルや遠く虹橋の開発区、蛇行して流れる黄浦江など360度を一望する絶景ポイント。混雑が少ないのも魅力だ。
上海環球金融センター上海環球金融センター上海環球金融センターは上海家嘴に位置する摩天楼であり、このビルは2008年8月29日にできて、中国国内の第二位の高楼であり、世界中の第三高楼であり、世界中の最高の平式のビルである。ビルの高さは492メードルで、地面上は101階で、このビルは日本の本森大楼会社で主導して建てられた。
玉仏寺玉仏寺玉仏寺は上海近代の名刹で、安遠路と江寧路の交差点にある。玉仏を奉っていることで有名な寺である。清代光緖年間初期、普陀山の高僧であった慧根がインドへ礼拝に行き、チベットに入り、ビルマに出た。そのビルマで玉石彫刻の釈迦牟尼を一体請来し、帰国途中で上海に座像、横像を各一体残したことで、玉仏寺が建立された。玉仏寺は当初清代の光緖八年(紀元1882年)に建立され、場所は港湾にあったが、辛亥革命後、廃寺された。その後1918年に現在の場所に改めて建造が開始され、1928年に完成された。現在の玉仏寺は宋代の殿式建築で、構造は謹厳であり、殿宇は壮麗である。
城隍廟城隍廟城隍廟は明代の永楽年間(1403年)に建てられた上海で道教正一派の主要道観の一つである。境内では城隍神――秦裕伯と霍光を祭っている。清代に焼香が極めて盛んで、国内外にその名が知られた。
周荘周荘1086年の歴史に記載開始の古鎮周荘は上海、蘇州、杭州の間に位置して、水国で四面に水で囲まれて、出かけは全部船で使って、全镇は川で街にして、橋で結んでいて、江南特有の流水人家である。周荘は古来に貞豊里と称されて、宋代の周迪功朗はここで荘園を設けて、宋代の元佑元年(1086年)200余りの土を当地全福寺に贈って、周荘の名前を付けられたのだった。現代の周荘は水郷古を依託として、景区建設を完備していて旅行内容を豊富させることで成功に“中国第一水郷”を作って、江南水郷古旅行の先端を発した。国の最初のaaaaa級旅行景区の一つである。“外国人の一番好きな50処名目”に入った。
富安橋富安橋周荘中市街東端に位置して、南北市川を渡して、清代の嘉靖元年(公元1522年)に二回重修して、単孔の拱橋である。橋の長さは17.4m、広さは3.8m、橋の上には彫刻図面があり、橋の四角には橋楼も設けている。


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