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昆明の観光スポット

雲南省博物館 円通寺 西山森林公園 雲南民族村 石林 九郷景勝地 茶馬古道


雲南省博物館雲南省博物館   昆明市東風西路にある。1958年の開設。収蔵品は雲南省全域から集められており、考古学・民族学・民俗学などさまざまなテーマから雲南省を知ることができる。収蔵品の数は五万点。雲南には文化財や古跡がきわめて多い。猿人の化石から始まって旧石器・新石器・青銅器・鉄器の各時代、さらに後漢から清代までの文化財が非常に沢山ある。考古学的には、「元謀原人」の歯の化石が注目される。170万年前の原人と言われ、北京原人や藍田原人よりも更に100万年ほど遡る。歴史学的・民族学には、青銅器に見るべきものが多い。。銅鼓と呼ばれるもの、あるいは貯貝器と呼ばれるもの、紀元前5世紀ぐらいからのものが残るが、祭祀の時に**われたのであるため、独特の意匠と雰囲気が溢れている。民俗的には雲南省各地に居住する少数民族の、衣装や装飾品のきらびやかさ、彩多様な民俗文化や雲南各地の明媚な風光を直接知ることができる。
円通寺円通寺 円通寺は昆明市内の円通街・円通山の麓に位置し昆明動物園に隣接する。南詔国の異牟尋王の時代(唐代)に創建された寺院で、昆明で最も古い仏教寺院。中国西南地区・東南アジア一帯にも名高く、雲南省昆明市の仏教協会の所在地である。 当初、補陀羅寺といったが、元の大徳5年(1301)から延祐7年(1320)にかけて再建され、現在名に改称した。広い境内には円通宝殿・八角亭などの建物が並んでいる。大雄宝殿で安置される仏像は元代に創建された直後、インドから贈られたものである。
また、隣接の昆明動物園は円通山全体を動物公園にしたもので、象・パンダや白いベンガル虎などが人気を集めている。
西山森林公園西山森林公園 昆明市の西に位置し、15k㎡のところにある森林公園。昆明湖の面積は318k㎡、最も深い所は10mにも達する。昆明湖に沿うように華亭山・太華山・羅漢山などの山々が南北140k㎡に渡って連なっており昆明湖の周りのエリア全体が森林公園となっている。西山の龍門は「登竜門」の語源になったと言われ、断崖絶壁にある門に触れると出世すると言われる。中国の国歌を作曲したニエアルの墓もある。
雲南民族村雲南民族村 は昆明市内から8キロ南にある滇池(テン池)の北岸に位置し、約80平方キロメートルの広さがある。雲南省に住む25の少数民族を紹介するテーマパークである。敷地内には各少数民族の村が作られ、民具や衣装が展示されている。住居・文物・生活習慣・歌・民族舞踊などに触れられる。タイ族の水かけ祭り、イ族の松明祭りなどのショーも毎日開催され、歌や踊りが鑑賞できるのが魅力である。雲南民族村は民族ショー、遊覧船・遊覧車観光、風味レストランなど総合施設である。
石林石林 昆明から70数キロはなれた石林県は総面積は400k㎡で7ヶ所のエリアに分かれている。世界カルストの精華と言われる石林は世界で最も珍しいカルスト地形の景観を持った溶岩地質。この奇観を誇る国家クラスの名勝区で、その秀麗さは「天下第一奇観」としてたたえられている。中国国内の四大自然景観の一つである。自然風光・民族風情・レジャー・科学考察を一体にした有名な大規模の総合観光地である。また世界地質公園に認定されている。
九郷景勝地九郷景勝地 は雲南省の新興で、雲南省の東部に広がる石灰岩地帯を流れる南盤江が作り出した大きな鍾乳洞であると鍾乳洞外の自然風光・人文景観・民族風情が一体になった総合的な名勝地なっている。
九郷一つの特徴はここの水がとても美しいということ。舟で二キロを行くことができる地下水流の鐘乳洞があって、はね上がって流れる滝・切り立っている壁・水が青緑色で天が青い峡谷の河道などあり、ここで船を借りて遊覧すると、大自然の安らかさと風格を味わうことができる。
九郷は悠久の民族伝統文化と濃厚な民族風情をも持っていて、少数民族独特の祭り・活動相撲・闘牛・山歌の交互歌い・大三玄などの民族舞踊などを味わうことができる。
茶馬古道茶馬古道 青藏高原と中国内地の間には千数百年にわたって漢族とチベット族が往来する古い街道が存在していた。その街道は地勢が最も高く険しく文明文化が伝播した古道として現在世界中に知られている。この古道はまた海外文化交流の街道でもあり、中華文明とインド文明との架橋となった。
中国雲南省の西双版納や思茅といった茶の生産地を起点とし、西北に向かって今の大理、麗江、適慶を経て、チベットの昌都、林芝、ラサへ至り、さらにラサから南下し、それぞれミャンマー、ネパール、インドへ至った。キャラバンは雲南省から大陸横断のでこぼこの山道に沿って、遥かチベット、インドへ茶、砂糖、塩などの生活必需品を運び、チベットからは復路、牛馬、羊、毛皮などを運んだ。そのため、専門家たちはこの古道を"茶馬古道"と名づけた。
茶馬古道は途中横切る山域の青藏高原は地形が複雑を極め、海抜500メートルから5000メートルの広大な地域に伸びていて、生物の多様性に最も恵まれた地区である。この 4,000余キロにわたって延々と続く古道には、数多くの民族集団はこの広大な地域に分布し、それに山や川が縦横に交錯しているし、気候の垂直分布もあるし、独特な地理的単元を成して、違う民族集団の独特な民族文化を作った。これらの民族文化は茶馬古道の存在で、お互いに影響して、多彩な多民族文化を作り出した。タイ族の貝葉(ベイェ)文化、イ族の祭壇における火の文化、ペー族の本主(ベンジュ)文化、納西(ナシ)族の東巴(トンバ)文化、チベット族の雪域の文化があり、各民族はこの古道において交わりながら融合発展してきた。
茶馬古道沿線は今もまだ20余りの民族が生活している。その言語、文化はそれぞれ自分独特な一面を持っていると同時に、共通の部分もある。なぜこういうふうになったかというと、この広大な地域は歴史上多くの民族集団の影響を受けたことがあるからである。最も影響の深いのは、例えば、インド文化、中原文化、西北氏羌文化、東南沿海の百越文化など。これら世界を変えたことのある文化は茶馬古道で融合した。
今日、チベット族の庭の中からタイ族の特徴のある音楽が聞こえる。チベット左貢県加朗村のチベット族村人は世世代代歌う歌の中に、雲南の蒼山耳海の明月がよく出てくる。雪山の麓に、ナシ族祖先が残った村と水利施設の遺跡がある。遍く各地にあるお寺の壁画にインド、ネパール文化と漢文化の色彩と線条が見える。川谷や山坂で沢山の似ている岩画と石棺桶墓がある。村の奥にはまだ沢山の現代文明に忘れられている特異な風俗が残っている。
馬輸送隊は金沙江の東側の雲貴高原から出発して、横断山脈の山水を横切って、広い青蔵高原に登る。つまり、この二つの高原を貫く茶馬古道を歩いて、沢山のお茶と山の特産物を輸送していた。馬追いは茶馬古道の主人公となり、相当重要な役割を果たす。彼らは馬輸送隊の大部分の仕事を担当する。人々は普通馬輸送隊の馬追いを「馬脚子」と言う。「馬鍋頭」は彼らのボス、馬輸送隊の核心で、各種のことを管理する。「馬鍋頭」、特に一部の小さい馬輸送隊の「馬鍋頭」は、大体自分で馬輸送隊に加入した普通の労働者で、ほかの馬追いと同じ鍋のご飯を食べる。「馬鍋頭」という言い方はここから由来したわけである。「馬鍋頭」と「馬脚子」は今まで大理、麗江に暮らしています。彼らの泊る宿――「馬店」が今でも巍山、雲龍、寺登街などに点在している。
プーアル、大理、麗江、シャングリラなどは歴史上で「茶馬古道」の重鎮である。大自然の入神の技は、独特な地形、不思議で人を魅了させる自然の風景を作りなした。この不思議な地で、各民族がうちとけ、多様な文化交錯と共存している。その古道沿いの街、村、バザールを訪れてみると、人々は元気に暮らしていて歴史がそのまま凍りついたように時をとめて残っている。
このcd写真集では、プーアル茶の産地易武から雲南省とチベットの境である徳欽まで茶馬古道の雲南省部分を紹介し、この180枚の写真を通じて西南シルクロード茶馬古道の粗筋とこの地域に暮らしている他民族文化の風情を皆様にお伝えすることができれば有難く存じます。


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