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杭州の観光スポット

西湖十景西湖湖畔岳廟銭塘江逆流杭州銭塘江大橋霊隠寺宋城西冷印社虎ホウ泉京杭大運河


杭州 西湖十景西湖十景 杭州市の西側に位置する西湖は中国十大美景の一つである。湖水面積約5.6平方キロメートル、周囲約15キロ、水深約2.8キロと中国では決して大きくはない湖だが、数多くの景勝地を持つ。見所は、断橋残雪・平湖秋月・柳浪聞蔦・三潭印月・曲院風荷・蘇堤春暁・南屏晩鐘・双峰挿雲・雪峰夕照・花港観魚の十名所がある。船での遊覧もできる。曲院風荷は蓮の花で有名な広々とした公園である。その隣には、こじんまりとした美しい江南様式の庭、郭荘がある。庭の奥からは西湖を一望できる。
西湖湖畔 西湖湖畔 湖畔には「西冷印社」という名前の研究団体があり、書道と彫刻が一体となった中国独特の芸術「金石篆刻」では最高権威といわれている。篆刻の販売もしている。その他、この辺りには茶館がいくつも点在している。。杭州の茶館は広々とした部屋が多く、茶を注文した上で、バイキング方式で菓子や果物を食べるスタイルが多い。地元の人はトランプをしだり、談笑したりしながら何時間も、時には1日中茶館で時間を過ごす。
杭州 岳廟杭州岳廟 西湖の棲霞嶺の南側のふもとにある岳廟は、金の侵略と戦った宋の名将、岳飛を祭る廟である。1961年に全国重点文物保護単位に指定された後、1979年から一般公開されている。本殿中央には、高さ4.45メートルの岳飛座像が安置されている。像の上にかかげられた大きな扁額(横長の額)には、「我に山河を還せ」と岳飛の筆で書かれている。岳飛とその息子岳雲の陵墓、岳墳は岳廟の西側に並んでいる。「10年の功、一旦に廃す」と嘆き死んでいった岳飛は、奸臣の秦桧夫婦により毒殺されたと言われている。岳墳の前にはその秦桧夫婦と腹心2人の半裸の鉄像が、ひざまづいた姿で置かれている。
杭州 銭塘江逆流銭塘江逆流 銭塘江は杭州から東北の方向へ45キロ、海寧の塩官鎮に位置する。銭塘江の潮は、「海寧の潮」あるいは「浙江の潮」ともいわれ、毎年の中秋の頃に潮が満ちてくる時には、満ち潮を見にくる人が昼も夜も後を絶たず、天下の奇観といわれてきた。銭塘江には潮を見るスポットが3ヵ所ある。南宋の頃から、潮の逆流を見ることが盛んになった。旧暦の7月~8月の間の「秋分」の前後は潮の落差が大きく、しかも、この時期は台風の季節でもあり、銭塘江の流量も比較的多く、河川に海が流れ込み、天下唯一の奇観といわれる銭塘江の逆流が起こる。
杭州 銭塘江大橋 銭塘江大橋 銭塘江を南北にまたぐこの橋は、滬杭甬、浙鉄道につながる交通の要である。1934年8月8日に建設が始まり、1937年9月26日に完成した。わが国が始めて独自に設計、建築した近代的大橋であり、わが国の有名橋梁建築家茅以昇が設計建築を取り仕切った、初めての鉄道、公道両用の二層橋梁である。橋全体は15トン、16穴、下層線路橋は全長1322.1メートル、単線、上層公道橋は全長1453メートル、幅6.1メートルである。建国後数回の修築を行った。六和塔の上から銭塘江大橋を俯瞰すると、まるで川にかかる虹のように壮麗なさまが、ありありと目に映る。
杭州 霊隠寺 霊隠寺 杭州市街の西、霊隠山の麓に位置する霊隠寺は、禅宗十刹の一つである。インドの僧慧理によって326年に開山された。慧理が杭州の山々を見たとき、「ここは仙霊が隠れているところだ」と言ったことから霊隠寺と名づけられたといわれている。全盛期の五代呉越国時代には数千人の僧侶が修行していたが、度重なる戦火のため現存するものは清代末期に再建されたものである。南側にある石灰岩でできた岩山には、五代呉越国時代から元の時代にかけて彫られた338体の石仏がある。中でも青林洞の西岩壁上座像は951年に建てられたもので、非常に貴重な仏像として有名である。 
杭州-宋城杭州宋城 宋城は西湖風景区の西南に位置し、北は五雲山、南は銭塘江に接している。中国最大の宋代文化テーマパークである。杭州宋城集団有限公司が投資し、現在は世界テーマパーク協会会員となっている。宋城は楽しみながら学べる歴史の城であり、自然の山河の美、園林建築の美、民俗風情の美、人文社会の美、文化芸術の美を集めて一体とし、浙江の十大美景、杭州の十大新景観の一つとしての評価をうけ、2000年にはわが国初の国家級4a景区の評価を受けた。宋代(960年~1279年)は封建社会が発展、成熟した時代であり、その経済、技術、文化の発展は、当時の全世界の先端を行くものであった。宋城は北宋、南宋の両文化を取り入れ、杭州の宋文化観光を定着させ、趣のある、歴史の深さを感じさせる遊歴空間を作り出している。
杭州-西冷印社西冷印社 西冷印社は、中国で金石、篆刻を研究する著名な学術団体として、浙江省の重点文物保護単位である。篆刻家の丁仁、呉隠らが1904年に創設し、篆刻の大家である呉昌碩が主任、社長となった。現在、後漢『三老諱字忌日碑』と名家たちの石刻、摩崖題記などがある。印社内の園林、建築はいずれも自然の地形を利用して作られ、独創性に富む。柏堂、竹閣、仰賢亭、四照閣、観楽楼、華厳経塔などの古跡風景は、山林の景色と金石の雰囲気が一体となっていて、西湖園林の精華が示されている。
漢三老石室内には『三老諱字忌日碑』がある。石碑の高さは1.2メートル、楷書が13行、毎行35字、後漢時代の遺物である。これは1921年初めに浙江省余姚県で出土し、外国人が大金で購入したが、浙江省の金石書法界の人士がすぐに資金を集めて買い戻し、西冷印社がこの石室を建てて大切に保管することとなった。 華厳経塔は全部で11段、空洞はなく、表面に『華厳経』が刻まれているほか、十八応真(羅漢)像や清代「揚州八怪」の一人である金農が書いた『金剛経』などがある。
虎ホウ泉虎ホウ泉 西湖の南、虎ホウ山の麓に湧き出る虎ホウ泉は、江蘇省鎮江の中冷泉、無錫の恵泉と並び、「天下第三泉」と呼ばれる名泉である。泉の名は、9世紀初め頃、高僧性空がこの地に住んでいた時、水に困り、神のお告げにより2匹の虎に泉を掘らせたという伝説からきている。溶けにくい石英沙岩の中を流れてくるこの水はミネラル分が少ないため、甘味のある味でで知られている。表面張力の強い水としても有名で、碗になみなみと注いでも2,3ミリも盛りあがり、こぼれにくい。この水で入れた龍井茶の味は格別で、古来より「西湖双絶(西湖で第1級の2つのもの)」と言われている。もともとここは、819年に創建された虎距寺という禅寺で、現在も五百羅漢堂、虎距寺旧跡、五大経幢などが残っている。
杭州 京杭大運河京杭大運河 南は浙江杭州より北は北京通県北関まで、全長1794キロ、6つの省市を貫き、銭塘江、長江、淮河、黄河、海河の五大水系を経ている大運河である。


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